はらぺこあおむしのぼうけん

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人間やっぱり平等なんかじゃない。全ての心に深い傷を持つ人へ贈る物語 ダニエル・ウォレス「Extra-ordinary Adventures」

こんにちは。

ダニエル・ウォレス「Extra-ordinary Adventures」です。

 

冴えない童貞男(34)がひょんなことから79日間で恋人を見つけるのに挑戦する話です。出てくる人物みんなアレなところがあるし、下ネタ満載で乾いた笑いをもらしてしまうシーンもたくさんあるんですが、それと同じくらい頻繁に登場する示唆に富んだ言葉に胸打たれ、いちいち感動してしまいました。

Extraordinary Adventures: A Novel (English Edition)

Edisel Bronfmanは34才の冴えない男。ある日、Extra-ordinary Adventureというところから「フロリダにあるDestinのコンドミニアムを無料で利用できる権利をGETしました!」と電話をもらい大喜び。しかし、それには同伴者が必要であるという条件がありました。恋人を作るなんて至難の業だから無理ですと一旦断ろうとしたBronfmanでしたが、オペレーターはこう食い下がります「このOfferが満期になるまであと79日あります。79日あったら、何が起きてもおかしくないでしょう!」と。Bronfmanは促されるまま79日で彼女作りに挑戦することに。オペレータの女性は、「自分の人生にオープンになること」、「自分の恐怖と対峙すること」そして「自分が生きる意味を見つけること」の3点をアドバイスします。

物語はこの3つのアドバイスを軸に進んでいきます。人と積極的に交わること、そして恐怖に立ち向かうことで、自分の価値を見つめなおすBronfmanの笑いあり(涙はない)の成長ストーリー。

 

Bronfmanがいっとう最初に取り組んだのは、友達作り。隣人の無職マッチョ男のトミーや職場の隣席のSkipに話しかける。今まで大した会話もしたことのないSkip相手に、いきなり「女性について教えてほしい…」なんてアドバイスを乞うなどします。そして、重点的に取り組むのは女性との会話の練習。Bronfmanは、その34年の人生の中でまともに喋ったのがママンだけだという目も当てられない状況ですから、女性と話す度にドキドキし、片っ端から惚れていきます。

一人目は職場のビルの受付係Sheila、二人目は自分の家が強盗されたとき現場検証に来てくれた警察官Serena。三人目は自分の家から盗まれたカウボーイハットをかぶっていた日本人女性Coco(Yoshiko)。本命は中盤から両想いになるSheilaですが、Serenaもいいな…Cocoも悪くない…となって節操ない。Serenaと初めて出会った時なんて、「自分で強盗犯を特定できたらあなたに連絡してもいいですか?」と、Serenaと連絡するためだけに強盗犯を探し始めます。

そして彼は2つ目のアドバイスである、恐怖に対峙するようになります。例えば件の強盗事件の犯人探し。Bronfmanには犯人の目星はついていて、自分の在宅・不在を簡単に知ることのできる隣人トミーが犯人であろうと読んでいました。いつもならビビって逃げ出すところ、「あなたがやったんですか?」と問い、家の中を見せてもらうことに成功します。しかし、そこに奪われたものは何もなく、トミーには出ていけと促されますが、Bathroomの中が残っているぞと勇気を振り絞ってBathroomに突撃する。しかしそこで見つけたのは、違法薬物を製造中(&服用中)のトミーの手下でした。拳銃を突き付けられ、ばらしたら殺すぞと脅されるなどして退散します。自分を変えてやると息巻いていた矢先、予想もしていなかったヤバいものに遭遇してしまうこのシーン、めちゃめちゃ笑える。

Bronfmanは基本的にやっていることが空回りなんですね。おそらくオペレータが言っていた「恐怖に対峙」っていうのは、強盗犯に対峙することを指してはいないと思うんです。自分が一歩踏み出すのを阻害している「何か」を見つけてそれを片付けなさい、ということを意図していたはず。しかしBronfmanは真面目な男ですから、とりあえず「う~ん」と思ったことは何でも地道に片付けていこうと試みます。

 

じゃあなんでBronfmanはこんなつまらない男なのか?というと、それはお母さんに原因がありました。彼の母は未婚のままBronfmanを産み、女手一つで彼を育て上げます。彼女の母としてのふるまいは首をかしげてしまうことばかりで、例えばいつもuncle(母親の彼氏)が家にいたとか、学生時代のお弁当はピーナッツバターサンドのみだったとか(しかも大量に冷凍しておいて昼までに自然解凍させる)、ちょっと頭のネジが緩んでいるタイプ。Bronfmanはもちろん育ててくれたことに感謝はしていますが、他の子のように普通にしてほしかった(母親がこんなんだから自分が真面目になる以外に道はなかったんだけどな…)と不満を持っています。

そんな母親は軽度の認知症を患い、行動も言動もおかしくなっているんですが、時々核心を突いたようなことを言います。例えば79日で彼女を作ることについて、母は無理だと断言し、友だちを作ることから始めるというロードマップそのものが間違っていると指摘します。そして「あなたはセックスしたことないんでしょう…?」と聞いてはいけないことまで口にする。その後も、「もっと変なことをしてみろ。一度くらい逮捕されてみろ」というようなことも言うんですね。(全裸監督の村西氏の「あなたに足りないものは前科です」を彷彿とさせる) この母親、ゲームでいうところの迷った時に道を示してくれる長老的ポジションではあるのですが、Bronfmanに対して「人生全てスケジュール通りにはいかないものよ!だって私だってあなたが生まれてから云々」と恨み節を口にするなど、好きになり切れないキャラでありました。そして実は、彼女の奇行こそがBronfmanの悩みの根っこであるというオチまでついている。

 

さて、Bronfmanが対峙することを試みた恐怖は他にもこんなのがあります。

・Penisの大きさ。

トミーの筋肉質ボディに憧れてジムに通い始めたBronfmanは、更衣室でみんながブラブラさせているものを見て目を見張り、自分のモノは全然ダメだ…と凹みます。ジムをやめたいとさえ思いますが、Barで出会った二人の女性に自分のイチモツをチェックしてもらう機会に恵まれ、大きくはないけどHandsome!と言われ、卑下する必要はないというお墨付きまでもらい、自分のPenisを俺のBrand-new Penisと祝福する。ここが本書で一番笑えるシーンです。

・自分は童貞なのか。

Bronfmanは自分の女性経験が曖昧でした。というのも、15才の時、同級生Mary Dayとそれらしきことをしたからです。ただ、それは失敗に終わり、彼としてはそれを女性経験1にカウントしてよいのかどうかずっとモヤモヤしていました。世の中のモテ男からしたら1人なんて誤差ですが、Bronfmanにとっては0か1かの世界ですから、これをカウントしてよいか(1インチは入った気がするけどこれはSEXにカウントしてよいか?)Mary Dayに聞いてみたいと、ずーっと願っていたのです。

そんな中届いたMary Dayの訃報。その日の午後お葬式が行われると知ったBronfmanは、葬式会場まで車を飛ばします。そして婚約者に「Bronfmanの名前を聞いたことがあるか?(彼女が過去の恋愛経験を披歴した際にBronfmanの名前はあったか?)」と聞くのです。つまり、Mary Dayがアレを男性経験1とカウントしていれば、自分も堂々と女性経験1と名乗れるから教えてくれ!ということなのですが、不謹慎極まりない。結果、女性経験1であるという裏付けを得て彼は帰宅の途につきますが、ホクホク顔での凱旋というわけではなく、いっぱしの良識を持つ彼は「俺、何しに行ったんだろう…」と虚無感ばかりを抱えて帰宅しました。

 

ここまでで8割くらい。Seilaはメンヘラ系だしCocoは若かりし頃の母みたいだし、Serenaは思わせぶりだけどよくわからないし、この物語はどこに着地するんだろう?とドキドキしますが、ここで急展開。

彼が帰宅して直面したのはトミーの死でした。トミーは薬の栽培をして分け前をもらうので満足していればいいものの、欲が出たか何かで元締めから目を付けられて消されたようです。自分の隣家での拳銃による殺人事件。警察官Serena、トミーの友人Coco、事件のことを聞いて心配になったSeilaが一同に会した時、彼はやっと、今まで自分が抱いてきた違和感の正体に気付き、「自分自身であること」とは何か、の意味を理解します。そして、Bronfmanは自分自身がずっと抱えてきたモヤモヤを解消してHappy Endを迎えるのです。

 

この物語のテーマはズバリ”Dead, That's what happens when yo try to be something you're not”

79日で彼女を見つけるチャレンジの中で、Bronfmanはこのような行動指針で動いていました。「自分を定義づける」そして「新しい自分になる」こと。しかし、いくらPenisの格付けチェックをしてもらおうが、女性経験を自他ともに認めてもらおうが、満足感を得ることはできませんでした。そして、新たに出会ったSeilaには、完璧な彼氏であろうと新しい自分を構築することを試みるのですが破局

 

ここで効いてくるのがさっきの言葉。

トミーが死んだ夜、BronfmanはCocoに会います。

あんなに仲間がいたと思われたトミーでしたが、亡くなってみると彼を惜しむ人は誰もいませんでした。Cocoはこんなことを言います”Friends are who's around when the rest have gone away, who are here even after you're dead. Who never think about leaving. ”

Bronfmanは日々、トミーの奔放さをうらやんでいましたが、自分は大きな勘違いをしていたかもしれない、そう気づくのでした。自分の価値は生きているうちには気づけない。自分の価値は自分では到底計れない、と。自分を定義づけることの困難さに気付くのです。そしてCocoは、Bronfmanはとても素晴らしい人だと褒めます。フロリダに行くためにいろいろ頑張っているようだけど、行かないほうがいい。だってあなたは「自分ではないものになろうとして苦しんでいるから」と。

Cocoはポジション的にはBronfman母。Bronfman母は家から動くことができないので、動ける母としてBronfmanを訪ね彼に助言を与える役割を担っています。ということでCocoも母と同様に「ロードマップが間違っている」と指摘するんですね。

 

ここでやはり、最初の問題に立ち返る必要が生じます。Bronfmanが向き合うべき「Fearness」とは何だったのか、ということ。それは、「過去」でした。

Bronfmanは何度も、自分はmisplacedされた存在であり、この世に居場所がないと感じていました。それは突き詰めてみると、父の不在であり、母が作った恥ずかしいサンドウィッチであり、母が選んできた変な服であったり、親になりきれていない母の口から出てきた放言であったり、母のために選ばされた未来(今)に端を発しているわけです。言ってみればBronfmanの過去は、欠けたピースや強引にはめられた形の合っていないピースばかりのジグソーパズルのようなもの。そこに新たなBronfman像を作ろうとしても簡単に崩れてしまう。

イヤミ男Skipも「過去」という問題について似たようなことをぼやきます。それは「人はたくさんのことを選んできたように見せかけて、与えられただけかもしれない」と。生まれた場所、親が両方そろっているか、それがまともな親なのかに始まり、親の経済状況、教育方針、通うことができた学校…などなど。本当の意味で自分が選べたものなんてどれくらいあるのか?と。

Bronfmanは過去に自分を見舞った不運な出来事に折り合いをつけることこそ、自分の恐怖に対峙することなのだと、最後の最後に気付きます。

ここにきてストーリーが親からの解放に着地するところ、救いのない話に思えて衝撃。変わろうと決意した男が79日で生まれ変わる話(誰でも生まれ変われるよ、それ、今からでも!というような話)を期待していた私。結局、親から34年間受けてきた毒(=変えられない過去)について向き合わざるを得ないのか、と一気に現実に引き戻されます。てか、Bronfman母、ロードマップが云々ってお前のせいじゃねぇか!!となる。

 

過去に用はない、変えられるのは未来だけというような言葉はよく目にするし、言い分はわかるけれども、過去の出来事で受けた傷やわだかまりが今の自分に影響しているというのは疑いようのない事実です。最近はインナーチャイルドという言葉も聞かれますが、自分という存在が過去のある出来事の地点で置いてきぼりにされているのであれば、まずそれを救わなければならない。そういうこと。

ただ、重要なのは、過去を頑張って救ったところで、Bronfmanはやっとスタート地点(0地点)に立てるというだけのことなんですよね。心に傷を負ったまま大人になるって、弊害しかない。虐待とか、イジメ問題とか…いろんなことを考えてしまいました。もちろんストレス耐性などはあるけど、幼い頃に受けた傷は少ないほうがいい、それは紛れもない事実なんでしょう。若い頃の苦労は買ってでもしたほうがいいのかもしれないけど、心の傷はないに越したことはないんですね。そして、Bronfmanは過去のトラウマを解消し尽くしたようには描かれず、インナーチャイルドの存在を認めて向き合うようにしたところでThe End。これもまぁ現実的な展開です。

 

人間生まれながらにして平等とは言いますが、やっぱりそういうわけではないんでしょう。背負っているものは人によって違うし、目には見えない致命的な欠陥を負っているケースもあると。

私がこの作家に惹かれるのは、「人と過去の関係」そして「心の傷や穴との向き合い方」が現実的に描かれ、それに向き合う人に寄り添うからかな、なんて思いました。まぁ、それ以上に下ネタがパンチきいていて面白い、それに尽きるのかもしれませんが。

 

おわり。

 

dandelion-67513.hateblo.jp

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