はらぺこあおむしのぼうけん

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好きになっちゃダメだと思った時点で惚れているし、あの人のことが好きなのかしらと考える相手のことは好きじゃない。モーパッサン「われわれの心」前半戦

こんにちは。

モーパッサン「わたしたちの心」です。

わたしたちの心 (岩波文庫)


4、5年前に一度読んだきりだったのですが、9月に新訳が出たので改めて。「女の一生」や「脂肪の塊」、「ベラミ」等は現在も入手可能ですが、「わたしたちの心」は入手困難だったため、新訳が出るのはすごく嬉しい。この調子でどんどん新訳をお願いしたいです!

 

舞台はパリの社交界。マリオルという男が主人公です。独身、金持ち、特定の愛人もなく、いろんな場所に顔を出しては粋な男ぶっている。そんな彼がビュルヌ夫人というめんどくさい女に惚れ込み 、みっともないくらいひれ伏し、崇め、ボロボロにされ、意を決してパリを離れるも、彼女の魅力からは逃れられず飼い殺しにされる、そんなお話。恋愛における全ての感情の見本市とばかりに揺れ動く心が描かれる本小説、教訓とともにストーリーを追っていきましょう。

 

★好きな相手についての推測はだいたい当たらない

ビュルヌ夫人は、DV夫を亡くした未亡人です。金持ちの家に生まれ育ち、信頼しているパパに、「あの人と結婚したら?」と紹介されて結婚。しかし蓋を開けてみると夫はひどく横暴で、彼女を束縛し自由を与えません。結婚生活は夫の急死により幕を閉じますが、彼女は葬式のときに自然にニヤけてくるのを抑えられなかったくらい歓喜します。

その後は、結婚はもうコリゴリと気に入った芸術家風情を家に呼んで夜な夜なパーティに興じています。 特定の相手を作ることはしないけれど、誰にでも色目を使う彼女のまわりには、 自分にもチャンスがあるのでは?と夢見る男たちが互いに牽制し合いながらウロウロしています。彼らは、抜け駆けはしないという不文律のもと謎の連帯感で結ばれ、一致団結して新参者を排除し、顔を合わせれば決まって彼女の話。どうして彼女は特定の愛人を作らないのか?という素朴な疑問は、こんな推測に着地します。

『花も恥じらう乙女だった彼女は夢いっぱいで嫁いだが、夫は冷たく横暴で、夜な夜な変態プレイでも要求されていたんだろう。本当の喜びを知らない女はあんなものさ』

しかし、これは見当外れもいいとこ。友達以上愛人未満の男を絶やさない彼女の行動は、ただただ、いろんな男からチヤホヤしてほしいから。一度結婚したという免罪符もあるから好き放題したいけど、下手に愛人を作ると世間体もあるし、他の男友達も離れて行ってしまう。そしてそれ以上に、今の楽しい毎日を失うリスクを冒してまで愛人にしたい男がいない。それなのに親衛隊は、自分が選ばれない原因を元夫の横暴さに求めて自分を慰めています。

好きな相手の言葉や行動の源を推測しようとしても、正しい答えは出てきません。それはどこかで、「自分のことが好きであってほしい」という気持ちが邪魔するからです。実際、ベルンハウス氏というドンピシャの男が現れた後の彼女はみっともないくらい彼に入れ込み、親衛隊も空中分解しました。

 

★好きになっちゃダメだと思った時点で惚れているし、あの人のことが好きなのかしらと考える相手のことは好きじゃない。

初めてビュルヌ夫人に会ったマリオルは一目惚れ。しかし、すでに方々で彼女の評判を耳にしていたマリオルは、彼女が取扱注意の女だと承知していますから、彼女を愛してしまわないよう慎重に行動しますが、魅力には抗いがたく「おぉ…おぉ…」と懊悩する日々。自分は親衛隊のように丁度良い距離を取りながら彼女に接することはできない、と感じた彼は、もう会いませんと手紙を送ります。彼は「彼女を好きになってしまう前に彼女のもとを去ろう」と言っていますが、既に手遅れ。

対して、マリオルの手紙を読んだ彼女は、「やっと落ちた!」と秘かにガッツポーズ。最初に会ったときから既に3か月も経過していました。小心者のマリオルは彼女に溺れまいと、「私はあなたを疑っています」感満載で彼女に接します。もともと勝気な彼女がこんなおもしろい恋愛ゲームに夢中にならないはずもなく、手を変え品を変え、マリオルに秋波を送り続けました。そしてついにこの手紙…!「私寂しいわ。私のもとを離れないで」の言葉でマリオルの愛を手中に収めた彼女は高笑いします。

彼女にとって、マリオルを落とすのは一種のゲーム感覚であった反面、日々男に囲まれながらも満たされなさを感じており、自分には人を愛する能力が欠けているのかも…?なんて悩んでいたりもしました。そんな彼女が、久々に出会えた、側に置いておきたい男マリオル。「私はマリオルが好きなのかしら?」「マリオルなら愛せるかしら?」彼女は何度も自問します。しかし、結局彼を愛することはできず、「そのうち好きになれるでしょう!」の見切り発車はマリオルを不幸のどん底に突き落とします。「好きになれるかな?」と思う相手は現時点では「好きじゃない」わけで、時間が経っても好きになることはない。これは断言できます。

 

★「ひょっとしたら」と相手に思わせることで優位に立つ

さて、友達以上の関係を続けていたビュルヌ夫人とマリオルは、夏を迎えます。ビュルヌ夫人の家族旅行中にばったり遭遇した体で共に過ごそうと画策した二人は、同じ宿で一晩を過ごします。月を眺めながら「壁二つ先には彼女がいるのにこんなに遠い…」と物思いにふけっていたマリオルのもとに、なんとビュルヌ夫人が訪れます。そして二人は男女の関係に。マリオル的にはその夜はあんまりうまくいかなかったらしいのですが、とにもかくにも、愛人関係になれたことは大きな収穫でした。一足先にパリに戻った彼は、金をかけて逢引き用の隠れ家を用意するなど、がぜんやる気になります。

ビュルヌ夫人もパリに戻ってきます。最初のうちは順調でしたが、次第に逢引きは間遠に。あの夜の出来事はマリオルにとっては「二人の関係の始まり」という認識でしたが、ビュルヌ夫人としては「一区切り」。パリの楽しい暮らしの中で、マリオルの優先順位は下がり続けます。ビュルヌ夫人も冷めてきて、しばらくすると「つなぎとめるために体を与える」という荒業にでます。

なかなか会えない、そして会える日も遅刻してくる。ビュルヌ夫人の気持ちは完全に冷めてきているのに、マリオルは見て見ぬふりをします。★1で書いたように、マリオルの推測はもともと楽天的ではありましたが、「体の関係になった」という後ろ盾?を得た彼の想いは暴走し始めます。「女性にとって体の関係は大切なもの」→「それを自分に捧げてくれた」→「俺は彼女にとっての大切な存在であり続ける」という謎の三段論法をもとに、「セックスをしているから大丈夫」という根拠のない自信を持ちます。打ちのめされ、自信をなくした時も、3日前にもセックスしたしな…嫌いな相手とはしないよな…と、「ひょっとしたら自分たちの愛はまた燃え上がるかも」と希望の光を見るマリオル。完膚なきまでに叩きのめされれば諦めることもできましょうが、エサを時々与えられ、「ひょっとしたらまだイケるのでは?」という気持ちに逆戻り。

小説の中では、「恋にとらわれた心にあっては決して死に絶えることにない『もしかしたら』」と表現されていました。恋する男の中には「もしかしたら」の火種は常にくすぶっていますから、絶妙なタイミングに体を与えればOK。一時的に燃え上がらせ、深みにはまらせていく、ビュルヌ夫人の手練手管よ!!!

 

と、前半戦はこんな感じ。後半戦は

★自分のものだと思った相手には平気で不義理をはたらく

★惚れぬいた相手に対しては自分を曲げて対応する

SNSのコメント欄でいちゃつくほうが女は幸せ

の三本立てでお送りします~!

 

おわり。