はらぺこあおむしのぼうけん

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混沌の時代の中で生きる人たちの小さな小さな物語 アリソン・マクラウド「すべての愛しい幽霊たち」

こんにちは。

 

ちょっと不思議な短編集です。アリソン・マクラウド「すべての愛しい幽霊たち」

作品紹介をちらっと見て「老女の、家にいる幽霊たちへの優しいまなざし」というような文章を発見し(たような気が)ました。お!これは!老い先短い老女が、古い家に住む数々の物の怪と楽しく暮らすやつ。ズレた会話に笑い、時に哲学的な言葉にしんみりとするやつだと期待して読み始めたのもつかの間。違う、全然違うよ!

 

すべての愛しい幽霊たち (海外文学セレクション)

まず、中長編と思いきや短編集なんですよね。十ページに満たないものもあり、起承転結というよりは、承承起…からの尻切れトンボ感。序盤でリタイアしかけます。が、訳者あとがきを先に読んでみると、そういうことか!読める…!読めるぞ!!となります。

引用すると、

著名な作家や学者でも人生に悩み、不法入国者の少女や自爆テロに関わる青年だって恋をする。電車で隣に座った人物にどんな事情があり、自宅にやってきた配管工にどんな過去があるかわからない。(略)そんな人々に起きる様々なエピソード。(略)それぞれの人種や宗教による価値観の違いに翻弄される…

とあります。

 

早速見ていきましょう。

・ソロで、アカペラで

アフリカの国出身の不法入国者の男女の物語。またね、と約束して別れた彼女が現れない。後日いろいろな情報を集めた結果、彼女はデモ隊によって占拠された道を歩いていた際、一方的に警察官に取り囲まれて殺されたらしいということがわかった。

 

・わたしたちはメソジスト教徒だ

工事に来た配管工との対話。イラク戦争で派兵されていた彼は一見普通の生活に戻っているが、同僚の不機嫌に触れた時、元妻に怒りをぶつけられた時、従軍中に感じた「熱気」が自分の心にあふれるのを感じて、どうしようもなくなることがある。派兵の時に受けた傷の後遺症を抱え、それでも生きていく。

 

・大切なものがある

電車の中、トイレ掃除の仕事場に向かう”わたし”。視点が次々と変わり、同じ電車に乗り合わせた、楽譜を読んでいる青年、自分の精子を胸に抱き、不妊治療のクリニックへ向かう男、修道女の老女、認知症の老人の暮らしが語られる。

目の前に赤ちゃんおもちゃを拾った”わたし”が赤ちゃんをあやそうとすると、その母親に怒られる。「あなたが私の子に触れていい権利はどこにあるの?」と。”わたし”は「ナイジェリアでは全ての子どもが誰からも大切にされるから」と答えたくても英語がうまく出てこない。穏やかだった車内の空気が一気に冷たくなる。

 

・ラディカル・フィッシュをほめたたえて

”聖戦”を控えリゾート地で潜伏中の3人のイスラム教徒の青年。父親との折り合いが悪く家を飛び出してきた者、純粋な理想主義者。それぞれの思惑を抱えて、リクルーター(テロの指示を出す人)からの連絡を待つうち、それぞれの気持ちに変化が訪れている。

 

他にも、ダイアナに憧れていた娘が、ダイアナの成婚から死までを自分のままならぬ人生と対比して描いた作品、心臓研究の大家が、心臓移植を受ける時に心の中で想ったことを書き連ねた作品など、がありました。

 

読後感は寂寥としています。ドラマティックな展開や修羅場などない。ただ淡々と物語は進んでいきます。オチらしいオチもなく、いろんな解釈ができるラスト。

例えば「ソロで、アカペラで」。主人公の”おれ”が淡々としているんです。「ああ、そうだったのか」と。日本ならSNSで拡散したり、マスコミに訴えかけたり、弁護士に相談したりするところですが、国民という枠から漏れている頼りなさ、それでも受け入れてイギリスで生きていかなければないという不条理が十ページ足らずの物語で伝わってきます。ただ生まれた国が悪かっただけだけで、こんな想いを抱えていかなければないとは。「大切なものがある」は、国民投票の前に書かれたのか後なのかはわかりませんが、イギリスってこういう雰囲気だったんだと驚きます。「ラディカル・フィッシュ~」は、リゾート地の空気とも相まって馬鹿らしくなってやめたのか、強い信念のためにためらいながらも実行してしまったのか、どっちにもとれます。

 

2017年刊行ということで、舞台は現在のイギリスです。風刺でも、社会派小説でもなく、人種問題、EU離脱、元従軍兵、テロへの警戒、移民問題、が人々の生活の一部として、ただそこにある様子を描いた作品。日本も、外国人労働者を抱え、国の財政もままならず、格差が広がっていく今、時代の渦に放り込まれ、どうなっていくんだろう。対岸の火事ではないなとうすら寒くなります。海外からの労働者受け入れで、近々、「大切なもの~」のような状態が訪れるのかなぁ。

外国人労働者関連の記事を読むと、「外国人労働者って可哀想ね。私たちにできること」「迎えてあげる」と終始上から目線なんですが、ここ十数年で、この立場が逆転することもあるのではと思ったりします。消費が落ち込む日本でまともな職にありつけず、仕事を海外に求めて出稼ぎに出る時代がくかもしれない。子どもが「大切なもの~」の主人公になる時代がくるなんてことが…

Facebook貧困層の女性の暮らしや、外国人労働者の記事を目にすると、「選ばなければ仕事はあるだろう」「もっとしっかりしろ」という年寄(特に男)からの意見が目立って気分悪くなるんですが、年寄がそこそこの暮らしをできているのは「日本の良い時代に生まれたから」に他ならないです。努力とかじゃないです。緩やかに後退していく中、孫世代が貧困で辛い目に遭うかもしれないなんていう危機感のない老人ばかりの国で、どういう未来が見えるのか(もはや未来なんてあるのか)。

 

決して明るい小説ではなく、不条理で、切なく、心の中に暗い澱を残すような内容ですが、文章が綺麗で無駄がなく、登場人物の行動を自分の目で見ているような写実観があります。もちろん登場人物の感情全てが理解できるわけでない。でも、今後生きていく中でこの時の彼/彼女の気持ちがわかる時が来るかもしれない、と感じられます。心の中にまかれたたくさんの感情の種。生きていれば、その種が芽を出すこともあるかも、と。それ以上に、ブレグジット外国人労働者の問題、戦争、テロなど、そういう問題に常に対峙している国の「日常」という点で、日本人が読む価値があると思いました。日本人記者が書いた下手な記事よりもリアル。

 

友人と話すとき、「これからどうなるんだろうね?」なんて話題になります。どこからどう見ても天才児だったら外国で研究でもビジネスでもやってもらおうということは全会一致なんですが、普通の子どもをどういう風に育てようかと、母親は皆迷っている。これが30年前だったら「いい大学目指して公務員か上場企業で!」で済んだんだけど、この混沌とした時代に、子どもに何を優先して与えていけばよいのか、何も見えないですね。そもそも、学校の力を借りずに子どもに英語教育をしていかなければないという事実が面倒でしんどいです…w

 

 

来るべき?混沌の時代に向けて。

おわり。