はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

誰からも好かれる人は誰をも愛する人 新潮クレスト「陽気なお葬式」

こんにちは。

 

新潮クレスト「陽気なお葬式」。個人的に新潮クレストはハズレを引くことがない作品として重宝しています。さらに、背表紙に統一感があり、装丁のデザインも素敵ということでコレクター魂を揺さぶられ、財布のひもが緩んでいくわけです。一冊一冊も高いんだけどさあ、集めてしまうんですよ。そして肌触りが良い。

陽気なお葬式 (新潮クレスト・ブックス)

 

本作品は1991年のニューヨーク。モスクワから亡命してきた画家アーリクが主人公です。アーリクは、アトリエ兼自宅の倉庫で妻ニーナ、元カノのイリーナ、その子マイカ、元カノのワレンチーナ、などの女どもに囲まれながら死を待つ身です。病名は明かされませんが、何かの難病で、どんどん体が動かなくなっている模様。ぼーとっしている時間も増えてきました。あれこれ世話を焼いてくれる医師が往診してくれますが、おそらく助かる見込みはない。そんな中、ニーナは民間療法にはまり中で変な液体を購入し始めたり、洗礼を受けさせたいと言い始めたりして雲行きが怪しい。そもそも元カノや嫁が一人の男を囲んでいる時点で健康的とは言えませんから、いろんなところに地雷が埋まっているわけです。自分が死んだあとも自分が愛したかわいこちゃんには笑っていてほしい、そう願ったアーリクが起こした奇跡。

 

と、死にゆく男とそれに関わってきた人間。男の死により彼らにささやかな幸福が訪れる。という、テーマとしては結構ありふれています。そしてこういうテーマの小説はだいたい、「看取りというイベントの中で残される者が大切なものに気付く」、「死後に起きるサプライズが残された者の生きる糧となる」の2パターン、もしくはそのセット技なのですが、この小説もこの枠からは抜け出せておらず、正直ちょっと期待はずれなところがありました。

 

みどころは、なぜアーリクは愛されたか、というところに尽きると思います。みなさんの周りにもいると思うのですが、待ち合わせの時間も守らなくて普通にドタキャンしたり、時々お金も忘れてきたりして借りたりしているような奴。そのくせそういう奴は無償の愛を注がれたりしている。なんで??と。まぁ、答えは解説に示されているので言ってしまうと「誰のことも嫌わないから」なんだそうです。アーリクも、誰も拒まない。妻との家にはいつも誰かがいて、出てけなんて言わない。カフェで知り合った人に「この町を案内してやる」といろんなところに連れまわす(ただし金はないし、結局男女関係になってしまうけれども)

 

「誰のことも嫌わないから愛された」これは半分当たり。そしてその残り半分は「力があるから(=与えられるものがあるから)」だろうなと私は思います。「力」とは才能でもよし、地位でもよし、イケメンでもよし、パパが金持っているからでもよし。その人のそばにいれば何かが得られ、誰のことも拒まない人のところには人が集まってきます。多くの凡人はそれが金だったり人脈だったりステータスだったりするのですが、アーリクは、集まる人全てに「居場所」を提供できた人でした。

冒頭にさらっと「亡命画家」と書きましたが、時は冷戦時代。モスクワからの亡命者がたくさんいました。アーリクのまわりにいるのはみんな亡命者。ワレンチーナは米国人と形式結婚をして亡命。他にも書類を偽造したり命がけで国境を越えてきたような人も。「20キロの荷物と数十語の英語だけを持って、他の全てを捨ててやってきた」彼ら。自力でアメリカで生計を立てて生活を軌道に乗せなければ生きていけない彼ら。うまくアメリカになじんでいる古くからの友人を羨望のまなざしで見つめ、どう生きていったらいいか常に自問している。国を見捨ててはいるけれども、モスクワで起きたクーデターのニュースには釘付けになり、何とも言えない虚無感で満たされる。皆、アーリクのもとにしか居場所がない。ニューヨークの薄汚れた倉庫の中で、それぞれ地獄を抱えながらも平気なふりをして、身を寄せ合って生きている。

「居場所」とか、コンクリートジャングルの東京でバンドマンと売れない小説家など事情ある根無し草がたむろしてかけがえのない絆を作るというしょぼいレベルの話じゃなくて、マジで命を洗濯する場所としての居場所です。各々の物語が描かれますが、試行錯誤しながら亡命に活路を見出した彼らの地獄。そして初めての国で泥にまみれながら生きてきた亡命生活。彼らにとってアーリクの存在はどれほど大きかっただろうと感じるものがあります。イリーナはアーリクの死後、「アーリクは亡命なんかしていなかった。ロシアにいたころと同じような環境をニューヨークでも作ってしまっていた。暢気で、無責任なアーリク…」と回想します。亡命してきた人間が一番求めているものを無意識に提供してきたアーリク。彼の葬式には誰だこいつ?というような人もたくさん集まり、陽気な雰囲気が漂っていました。

 

アーリクみたいになりたいって??止めませんが、自己啓発本に書いてあるように「すべてのものに感謝しよう」「いろんな人の長所を見るようにしよう」というライフハックを実践している時点で、天性の人間に追いつけない気がするので、安易にその立ち位置を求めるのはやめたほうが良いと思います個人的には。私はルフィに倣ってみようとして、どーにもこーにも、実践できなかったですw

 

ルフィの仲間力  『ONE PIECE』流、周りの人を味方に変える法

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地味な部分で、イリーナとニーナの関係には思うところがたくさんありました。イリーナはサーカス団の娘で、アーリクとは古くからの付き合い。イリーナとアーリクはプライドがぶつかって別れたんです。お互いのことを必要としていたのに、それを言えずに「別れてやろう!」となった。アーリクとニューヨークで再会したイリーナは「自分と別れた男はどんな女と結婚したんだろう?」と興味津々。ニーナはお嬢様でした。出かける直前まで、どっちのドレスが良いか決めかねて「わからないわ!」と泣いている。アーリクにこっちにしなよ、と言われ「じゃあそうするわ。あなたが言うなら。」とにっこり。あと生活力がなくて結構バカ。

ニーナの行動全てにイライラするイリーナにアーリクは「あの子は弱い子だから…」とか言いますが、イリーナは「ニーナみたいなのが最強な女なんだよ」と秘かに舌打ちします。あるあるですよね??恋愛経験豊富ないい男が自称弱い女という最強の女と結婚する構図。あれなんなんでしょう。イリーナはこっそりアーリクに生活費を渡していました。ある時まとまった金額を渡したとき、「おお、これでニーナに毛皮のコートを買ってやれる。あいつは本物志向だから」と言われ歯ぎしりしたりw

わかるわかる!!!となりました。

 

女性の作家の作品で筆致は優しく胸にしみいる感じなので好きです。次の2作もこういう女ごころが満載なのではないかと期待しています。即購入。早く読んでみたい!

ソーネチカ (新潮クレスト・ブックス)

ソーネチカ (新潮クレスト・ブックス)

 
女が嘘をつくとき (新潮クレスト・ブックス)

女が嘘をつくとき (新潮クレスト・ブックス)

 

 

おわり。