はらぺこあおむしのぼうけん

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漱石の倫敦時代を勝手に補完してくれるありがたい小説 島田荘司「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」

こんにちは。

好きな作家TOP5には入るであろう夏目漱石

故人ですから、もちろん新作が発表される見込みはない。漱石の作品を読破してしまうのが惜しくて細々と読み進めていましたが、5年ほど前に虎の子の「明暗」(未完)を読んで以来、漱石の新作に触れることはありませんでした。

しかし、漱石の未発表手記の体裁をとって書かれていた本作品。お、まだ未読の作品残ってたじゃん、って気分。最高です。ほんと最高。もっちろん創作なのですが、彼のロンドン時代が目に浮かぶようで、最後はなぜか涙ぐんでしまいました。

漱石と倫敦(ロンドン)ミイラ殺人事件 (光文社文庫)

 

夏目漱石とシャーロックホームズが出会っていたとしたらどうだろう?という想像のもとに書かれた本作品。漱石がベイカー街を訪れたという記録は残っていますから、同時代を生きたベイカー街の有名人であるホームズのことを知らないわけなかろう、というわけです。ワクワク。漱石が実在していたという事実に引っ張られ、勝手にホームズまで実在していたような気分になります。

時は19世紀末のロンドン。夏目漱石はイギリス留学中、シェイクスピア研究の権威であるグレイグ教授の個人授業を受けるため、毎週ベイカー街に通っています。漱石は下宿で、ある出来事に悩まされていました。夜、どこからともなく「出ていけ」「出ていけ」という声が聞こえるんです。気味悪くなって下宿を変えてみても、同じ声が聞こえてくる。しかしこの亡霊、よくわからん歌を歌っているんですが、時々歌詞を間違えたり、うろ覚えでふんふん~ってなったりして、なんとまぁ人間臭いんですね。その話をグレイグ教授にしたところ、ホームズに相談してみたらどうか、と紹介されます。

 

この小説は、漱石の未発表手記と、ワトソンの未発表原稿を交互に引用するという形で進み、奇数章は漱石手記、偶数章はワトソン原稿となっています。漱石の手記に記載してあったホームズの女装癖やコカイン中毒の話がばっさりカットされているあたり、ワトソン原稿は世に出すことを想定していろいろ整えているな、という感触。漱石の手記のほうが真実に近いと思います。ただ、最後の活躍の場面は盛られていると思いますが。

さて、ホームズと面会を果たし、亡霊の件を相談した漱石。「すぐにいなくなりますよ」とだけ言われて返されますが、その通りその夜から亡霊はいなくなりました。数日後、ベイカー街へお礼に参ると、ある女性が来ていました。彼女の身の回りで起きた事件が、タイトルにある「ミイラ殺人事件」。概要はこうです。

彼女は裕福な未亡人。数か月前、幼い頃生き別れになった弟が見つかりました。早速郊外の屋敷で一緒に暮らすことにしましたが、弟はずっと東洋のある国で暮らしていたようで、その国の怪しげな民芸品を大量に持ち込みます。その中に長行李に入った大きな仏像がありました。俺は東洋で呪いかけられた!と神経質になっている弟は、変な香をもくもく焚き、暖炉に火も入れず、謎のお祈りを長行李に捧げています。そんなある時、締め切った弟の部屋で火事が起き、焼け跡に1体の死体が。遺体を検分すると、既にミイラ化していました。弟が東洋の呪いで死に、しかも一晩でミイラになったとパニックなる女性。しかもミイラの喉には「つね61」と読めなくもないメモが詰まっている。「同じ東洋なんだからさ」という簡単な動機で、漱石の手も借りながら捜査が進みます。

 

「ミイラ殺人事件」そのものは、ミステリーオタクでなくとも、過去に有名どころのミステリを読んだ経験のある人なら、素材がそろった時点でトリックはわかると思います。面白さは、犯人の見つけ方。新聞広告を利用するのですが、それがなかなかパンチきいている

この小説の根底にある面白さは、当時のイギリス人の東洋のイメージ。ちなみに弟が「東洋」と呼ばっていたのは、おそらくインドとかチベットかそういう場所です。日本と全然違うんですが、あちらの人にとっては全部一緒なんですね。というか日本なんて知らない。「東洋には、一晩でミイラになる方法があるんでしょうかね~?」とか平気で聞くし、漱石が部屋の中に武田信玄が着ていたような日本の甲冑を見つけ、この民芸品、全然統一感ねぇなって思ったり、そういうちぐはぐさがいちいち笑えるし、重要なポイントです。

 

さてさて、私が知っている漱石のロンドン生活は、困窮、劣等感、孤独…など暗いイメージ。実際そうだったと思います。イギリス女性よりも背が低い劣等感、顔が黄色いとバカにされる(気がする)、ギリギリの留学費用のせいで、いろいろ勉強しようにもお金がとにかく足りない!!!こんなエピソードが印象的です。手紙をもっと書いてほしいと妻に頼むも、なかなか来ない。来たと思ったら「あれこれ忙しくて」なんて言い訳。怒った漱石は「あれこれ」って何だ?手紙を書けないなら書けないとはっきり言ってよこせよ!!と妻に返信。誰も知っている人がいない町で一人。毎日曇っていて、冬はめちゃくちゃ寒くて、でも下宿はボロボロ…誰だって精神崩壊を起こしそうです。

そんな辛いロンドン生活を、奇妙だけど気の置けないホームズとワトソンが彩ってくれたと想像するだけで心温まるものがあります。別れは苦手だと、皆に内緒で日本へ向かう船に乗り込もうとした漱石のもとへ、「私に隠し事はできませんよ」と笑いながら見送りに来るホームズ達。二度と会えないとわかっている、その別れのシーンが愉快で、でも切なくて…涙

私はホームズはあんまり読んでいないのですが、「スイスで遭難」というエピソードや、赤毛同盟の新聞広告を漱石が目にしていたりと、ホームズファンが喜びそうな小ネタも満載。

漱石、ホームズの2作品を読んだような満足感でした!30年以上前の作品ですが、たくさんの人に読んでほしい!

おわり。

 

逆転裁判っていう有名なゲームのシリーズに、「大逆転裁判」っていうのがあって、それにも、ホームズと漱石の邂逅という設定があります。漱石もホームズもぶっ飛んでいますが、これも本当に良作!特にBGMがいいんです。こちらもあわせてオススメ!

大逆転裁判 -成歩堂龍ノ介の冒險- - 3DS

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大逆転裁判2 -成歩堂龍ノ介の覺悟- - 3DS

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