はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

鼻つまみ者刑事が直感をもとに謎に切り込む正統派ミステリー。今後のシリーズ展開にも期待「ストーンサークルの殺人」ハヤカワ・ミステリ文庫

こんにちは。

 

英国推理作家協会賞最優秀長篇賞 ゴールド・タガー受賞作。このミスでも高評価、続編の邦訳も決まっている絶好調のこちら。

ハヤカワ・ミステリ文庫「ストーンサークルの殺人」です。

ストーンサークルの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

タイトルはベタ過ぎますね。西村京太郎の「熱海・湯河原殺人事件」ばりにシンプルでよろしい。調子に乗って、「ストーンサークルの周りで起きる謎の連続殺人!変わり者コンビが追う奇妙な事件の裏に、20年前の悲劇!」なんて2時間サスペンス風サブタイをつけたい気分です。

 

主人公のワシントン・ポーは、ある事件でミスをおかしたかどで停職中の身。田舎に引っ込んで暮らしています。巷は、ストーンサークルの中心で人が焼き殺される凄惨な事件、通称イモレーション・マンの話題で持ちきりです。

あるとき元部下のフリンが訪ねてきて、一時的な復帰を打診します。理由は、イモレーション・マンの3人目の犠牲者の体に、ポーの名前が刻まれていたこと。殺人鬼のターゲットとして警護の対象となるか、捜査の一員に加わるかの2択を迫られた彼は、渋々復帰を受け入れます。

 

立ち上がりは上々。設定もキャラ設定もあるあるなんだけど、会話が軽快で楽しく読み進められます。そして、そこはかとなく漂う相棒臭。

今回、頭は切れるけど鼻つまみ者刑事ポーの相棒となるのはティリーという分析官の女性。ティリーは分析官として超優秀ですが、人付き合いがからきしダメで浮いています。暴走しがちな二人を支えるのは、フリンと、ポーの数少ない友人キリアン。

イモレーション・マンの被害者は、リッチな老人。ただ、被害者同士の関わりが全く見つけられません。被害者同士のつながりがないことから、捜査本部は老人を狙った無差別的な犯行と決めつけますが、「こんな田舎町で、上流階級に位置する同世代の老人が互いを知らないことなんてあり得るか?」と意図的に隠された関係を示唆。ティリーも「それは統計学的にあり得ない」とお墨付きを与えます。

刑事の長年の勘を優秀な分析官が裏付ける形で、捜査本部と真逆の方針で捜査を進めていく彼ら。ホームズの、「可能性を一つ一つ消していって、最後に残ったものがどんな奇妙なものでも、それが真実である」を地で行くようなアプローチ。

あくまでも特例での復帰ですし、もともと嫌われているポーの捜査は身内に妨害されてばかり。令状や記録の閲覧許可もなかなか出ません。フリンとキリアンは、こういうところでさりげなく便宜を図ってやる役割も担っています。特命に手を貸す角田課長と社美弥子ポジションも健在。

 

証拠はほとんど残っていないし、イモレーション・マンは挑発してくるし、政治的な圧力もかかっているし…コンディションは最悪ですが、度重なる妨害にもめげず、真実だけを追い求める2人は、約20年前の事件に行き当たります。20年前の事件を知ると、イモレーション・マンの犠牲者への同情は一瞬で消え、イモ氏をちょっと応援したい気にすらなる。

 

そして肝心のイモ氏は誰なのか。これは大変衝撃的。登場人物が多くないので、途中、本当にこの中に犯人がいるか心配になってくるんですが、そういうことか!と。犯人がわかってから推理すると、疑問に思っていた点が全てつながるんだけど、地味にショックを受けます。

このミスで評価されているだけあって、謎解きも内容もキャラも完成度高いですが、個人的にすっきりしたのは「復讐劇を完結していること」です。

復讐劇も終盤に差し掛かり自分の身元が割れたことに感づいた犯人は、普通に考えて、早々に対象を始末しようと焦る気がしますが、何故か多くの犯人は、最後の最後でモタクサして一番始末したいヤツを取り逃がしてしまいがち。その上、船越英一郎みたいな熱血漢に「復讐は何も解決しない」と説教されたりもしますが、この本はひと味違い、ポーが見守る中で復讐が完遂されます。

どうせフィクションだし、いっそのこと黒幕も始末しちゃえばいいのにと普段モヤっている私。この展開は「ナイスですねぇ!」(その光景は全然ナイスな感じではなかったけど)とグーしたくなります。

こういう小説の主人公は、性格に難はあっても、基本的に弱きを助け強気を挫くタイプであることが多いですが、ポーはちょっと違い、「てめえの罪はてめえの命で支払え」というタイプ。それどころか、「俺のダチを傷つけた罪もてめえの命で払え」とすら思っている節があり、時折見せる嗜虐性に戸惑う読者も多いでしょう。こんなポーの人格を形成した過去編は今後のシリーズで展開されていくと思うので、引き続き期待しています!

 

おわり。