はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

自分が思っていた「自分」と、自分が唯一愛した女からみた「自分」が真逆だったら? エリック・マコーマック「雲」

こんにちは。

 

エリック・マコーマック「雲」

日本にも多数のファンを抱えるこの著者。「変わった話が好きならコレ」と紹介されて読んでみました。トイレの花子さんを読み漁ったあの頃の幸せな記憶がよみがえってきました…!

雲 (海外文学セレクション)

主人公ハリー(60代)は、メキシコで偶然雨宿りをした古書店で、ダンケアンという町で起こった「黒曜石雲」という奇妙な現象を記録した本を見つます。ダンケアンは、ハリーにとって忘れがたい町でした。彼は、大学を卒業したての若い頃、ダンケアン短い間住み、そこでミリアム・ゴールドという女性を愛し、理由を明かされずに捨てられたのでした。ハリーは、人生の晩年に差し掛かった今、ダンケアンという名前を目にしたことに何かの縁を感じ、この本についてスコットランドの博物館に調査を依頼します。

 

ハリーは、父も母も孤児という家庭に生まれ育ちます。工業地帯のそばだったので、空気も治安も悪く、貧しい世帯が身を寄せ合って暮らしていました。その町には、怪談も数多く残っていました。地域の図書館でそれらを読み漁り、父親と語り合うのがハリーのささやかな楽しみ。しかし、大学卒業を間近にして、両親が爆発事故で亡くなり、彼は町を出ます。たくさんの猫と不思議な新婚夫婦との共同生活という下宿先での生活は、彼の人生の中で最も穏やかな日々でした。下宿先の主人のすすめで、ダンケアンに英語教師としての職を得、ダンケアンに赴きます。ダンケアンでは、愛した女性に捨てられるという人生最大の悲劇に直面し、逃げるように町を出ます。その後は世界をフラフラ…そんな生活を送る中で大企業の社長ゴードンに認められ、促されるままにゴードンの娘婿となり、会社を経営するようになったのでした。

 

結婚までのハリーの人生は、不思議な話に彩られていました。まるで小学生が怖い話に惹きつけられるように、おそるおそるその世界に飛び込んでいっては身を震わせている、そんな感じ。大人になってからもその傾向が続き、不思議な話が大好物です。ミリアムと親しくなったのもそれが理由。変な話をたくさん知っていて(しかもそれをすっかり信じている)ミリアムの姿に、ハリーは自分に近いものを感じたのでした。

しかし、奇妙なエピソードは、結婚というイベントを機に一度STOPします。結婚相手は不思議な話を聞かせたところで、眉一つ動かさないリアリスト。自分と同じ感性を持っていたミリアムのことが嫌でも思い出されるハリーでした。

 

そして話はまた現代(60代のハリー)へ。「黒曜石雲」に関する報告を受け取ったハリーは、ダンケアンを再訪することになります。リアリストの義父・妻の死後は、またフラフラと「奇妙なもの」に引き寄せられていった彼(幸いなことに一人息子も、そういうところが自分に似ていた)は、そこで奇妙なものを目撃します。最も知りたかったミリアム・ゴールドに捨てられた理由も判明しましたが、それ以上に衝撃の事実にもぶち当たり、よくわからないクリーチャーとの逢瀬もあり…謎END。

ミリアムとの愛の真相を超える謎展開への衝撃が先に立ってしまい、「アレ?これ何の話だっけ?」ってなって終わるという。笑

 

ハリーは自称:ピュアな心を持っている男性です。理想の世界に生き、おとぎ話を愛し、ささやかだけど穏やかな人生を願っている、傷つきやすい心を持っている男性。どうして自称かというと、実はそうでもないかもしれないから。ゴードンとその娘には及ばないかもしれないけど、リアリスト的な考え方を持っている可能性が高い。

その証拠に、ミリアムがハリーを捨てた理由は「ハリーがダンケアンでの暮らしに耐えられると思えなかったから」。病身のミリアム父の奇妙な習慣を受け入れ、廃れ行く町で家族と共に朽ちていく人生に到底我慢できるような人間に思えなかったから、ただそれだけのこと。ミリアムにとっても唯一の男ではあったハリーでしたが、実際的なものを大切にする彼にとって、ダンケアンでの人生は満たされないものになろうと思えたというのです。

その事実を知り、ハリーは衝撃を受けます。自分が思っていた「自分」と、自分が唯一愛した女からみた「自分」が真逆だったから。

 

実はハリーは自分でアピってきたほどのピュアでまっすぐな男じゃないかもしれない。そう考えると、「あー、アレも彼がリアリストだったからかもな…」なんて思うエピソードがざくざく出てくる。

例えばこれ。ハリーはゴードンのこんな考え方を嫌っていました。ゴードンは「スミス揚水機」という、鉱山で使う重機を取り扱っていたのですが、ハリーは環境破壊を引き起こすこれら重機の販売に携わることにあまり良い気はもっていませんでした。ハリーの疑念に対してゴードンは、うちが売らなくとも競合他社が販売するだけで、鉱山開発のニーズは変わらないことと、スミス揚水機が得る利益を元手に性能の良い機器を開発すれば、毎年発生する悲惨な事故を限りなくゼロに近づけるだろう、と説得します。それをハリーは「逃げ道を用意しているだけだ」と判断し、否定的な考えを抱いてきました。

しかし、ハリーも基本的にミリアムを言い訳にしている。ほんの数か月付き合い、気持ちが盛り上がってプロポーズした女性に理由も明かされずに捨てられたのをハリーは引きずり続け、出会った人皆にそのエピソードを開陳したりする。しかも、「時間が解決する」「いつか他の女性に出会えば」というアドバイスは基本無視。

「オレとミリアムとのアレはちょっと違うんだよなぁ…わかったような顔をするな」という姿勢は崩しません。ミリアムに捨てられた後の捨て鉢な行動(条件の良い結婚も含めて)を全て「ミリアムから捨てられたせいで俺はこうなった」という免罪符で片付けてしまっているハリーは、ゴードンと何ら変わりない、自分の逃げ道を残しているリアリストなのかもしれない。

しかも、こんな事実が明かされた後も、隠れリアリストのハリーは言うほどショックも受けず、自分がミリアムとの間に作っていた子どものことを、一人息子にどう伝えるか悩み始めます。「仲良くなれるかな?」とか思ったりする。

うん、やっぱりお前リアリストだろ

 

愛の物語ということだけを取り上げればこういうストーリーですが、もとはおとぎ話をミルフィーユのように積み重ねた面白ストーリー。

結婚後のエピソードはダレ気味なので飛ばし読みでOKですが、物語のさわり~結婚周辺までのエピソードは秀逸です。

ぜひ童心にかえってください。