はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

ペストとは際限なく続く敗北である。そして繰り返す。 カミュ「ペスト」

こんにちは。

 

今話題になっている本のひとつ、カミュ「ペスト」。カミュは「異邦人」にあんまり入り込めなかったのですが、コレは傑作!!!久々に本読んで感動を味わった気がする~!

最大のウリは、この本を読むことで「疫病を経験した先人」の視点から今の騒動を見つめることができるところだと思います。鼠の大量死亡から始まる一連のペスト大流行。その終息までを様々な登場人物の視点から描くこの小説は、次はこうなる、あんなトラブルが起こるかも、という予言の書といえる迫力を持っています。

ペスト (新潮文庫)

 194*年4月、アルジェリアの港町オランの医師リウーは、朝、鼠の死骸につまづきます。最初はイタズラかと思いましたが、その数は増え、数日後には踊り場に3体転がっているような始末。調べてみると、こんな現象がいろんな場所で起こっているということでした。町にはゴミ箱に入りきらないほどの鼠の死骸があふれ、そのうち、人も同様の症状で死に始めます。ペストのことをおぼろげに知っていたリウーは、これはペストだと思い役所に相談。ほどなくして町はロックダウンされます。約1年にわたるペストとの闘いの始まりでした。

 

主人公のリウーの脇を固めるのが、リッチマンのタルー、判事オトン、官吏グラン、犯罪者コタール、偶然町に滞在していた新聞記者ランベールなど。ペスト流行による非日常・ロックダウンを経験する中で、変わったり変わらなかったりします。例えばコタール。彼はお尋ね者で、逮捕されるのを苦に自殺を図るほど悩んでいましたが、ペストが流行する限り自分の逮捕が先延ばしされるから大喜び。一人だけイキイキとし始めます。ペスト流行により突然「ペストで死ぬかもしれない」という問題と向き合わざるを得なくなったオラン市民の姿を見て俺は毎日、「いつ逮捕されるかわからない」と悩み続けていたんだ。(日がな一日自分の自由が奪われる恐怖を抱え続けるという意味で)同じ土俵に引きずり下ろしてやったぜ!ザマミロ」というようなことを思ったのでした。

また、ロックダウンの町からの脱出(違法)を図ったランベール。愛人との再会を目標に地元のワルと取引し脱出の機会をうかがっていましたが、リウーやタルーとの交流により考えを改めていきます。個人の幸福のみを追求して今町を出れば、一生自分を許せなくなり、愛人を愛するのにも差し障ろう、と残留を決意したのでした。ただ、リウーは、医療従事者ではないあなたは、個人の幸福を追求しないと後悔しますよ?などと説得してみたり。非常時の社会におけるふるまいについて、考えさせられるやり取りでした。

他にも、「ペストは神が私たちに与えたもうた試練だ!もっと試練を!」と説教していた神父が、子どもの最期の苦しみを見たことで、子どもの死よりも優先されるべきことなどあろうか…と考えを改めるなど。

 

リウーは医療従事者として客観的にペストを見つめます。先の「神の試練」というような話を聞いて鼻白んだり、自分の身の安全だけを考えて行動していれば良いだけの市民が、感染予防のためのルールを守れなくて「ハァァァ…」てなったり。

彼はペストをはじめとした疫病を「際限なく続く敗北」ととらえ、それに対して人間が勝ちうる点があるとすれば、それは、知識を蓄積する(=防御の方法を確立する)ことだけだと言います。疫病は畑を焼き尽くす火のようなもので、その通過で人間が得るものは何もなく、失うものしかない。勝利したといっても一時的な勝利でしかありません。そして一番怖いのは、対応を間違うこと。戦い方を間違えると、人は容易に大負けし、大量の死を招きます。

 

「未来を知りたければ過去を振り返れ」これはワイルド・スピード(だっけ?)の映画冒頭の言葉ですが、この本は、疫病とそれにまつわるアレコレを全部乗せしたという点で読む価値あり。

1.疫病への対応

鼠の死が問題となった当初お役人は、この状況を緊急事態と認めることに及び腰でした。「ほんとにペストなのぉ?それは間違いないのぉ??」と懐疑的で、ペストへの対応を主張するリウーをめんどうがっていました。しかし、リウーらの説得により大規模なペスト封じ込めに取り組みます。

WHO発言「test,test,test」と同様、発病者の確定と濃厚接触者の隔離を徹底します。リウーら医師の目視によって発病者を確定し、専用の療養施設へ。濃厚接触者も隔離します。ペストの致死率は高いため、隔離=永遠の別れになることが多く、隠している人も多数いた模様。しかし、自宅療養は原則NGでした。

発病者と死者の数は毎晩集計され、翌朝役場前で公表されます。これらデータは統計的に処理され、ペストの広がりや終息の目安とされました。また、町は早々にロックダウンします。町の入り口には軍が配備され、食料品以外は通れなくなる。物資も一部配給制に。医療物資(ガーゼや消毒液等)は医療従事者のもとに集中されました。

感染経路がはっきりしていなかったせいか、今と違って店の営業自粛等はナシ。

 

2.ペストにまつわる社会現象

物流が滞るため、一部食品類の物価が上昇します。物価高は影響大で、一部の富裕層以外は食べ物の調達に苦労する始末。もちろん給付金なんてありません。富裕層も貧乏人も関係なく皆を公平に扱う病原菌の活躍によって市民の平等意識は強化されるかと思いきや、逆に不公平の感情が先鋭化したというコメントが印象的。

経済は崩壊し、失業者が町に溢れます。失業者は看護人や墓堀りの仕事を得ようと保険課に就職希望をします。「看護人や墓堀りの欠員が出ると名簿の上から順に出頭命令を出すが、彼らは間違いなく出頭してくるのであった。彼ら自身も欠員に仲間入りしてしまったような場合は別として」という冗談が全然笑えねぇ。

あと、治安が悪化します。犯罪が増えるだけでなく、頭おかしくなった人が発砲したり。そりゃスマホもなくてロックダウンとか辛いだろう…。人間関係も希薄になります。困ったときにこそ頼るべき隣人や知人が全て「自分にペストを感染させるかもしれない存在」に変わってしまったことで、互いに疑心暗鬼に。

 

3.市民の対応

コレはもう親近感しかない!いつの時代も小市民は変わらねぇなという印象です。

(1)自分だけは大丈夫という謎の自信

ペスト流行の兆しが公開された当初は、普通の暮らしを続けます。こんなもんか~、そのうちに終息するんでしょ?という程度。そしてロックダウンが決定し、人の往来が制限され始めて初めて、「自分たちは孤島にいる」と認識し焦り始めます。しかしそれは、別離への不安や今までの日常が取り上げられたことに対するいら立ちがメイン。「ペストが終わったら何しよう~」なんて希望を持ちながら明日を待ちます。日々増えていく感染者の報告も、比較対象がないため300人超えと言われても実感がわきませんでしたが、相次ぐ死者の増加は何よりも雄弁で、少しばかり怖くなってくる。ただ、一時的なもんだろうという意識はまだ続く。今回も、最初のうちはただのカゼとか言われてたし、そんな感じ。

(2)先の見えない不安

死者が500人を超え、食料品の供給や電気の使用制限等が通達されてから、少しずつ不安やパニックが伝染し始めます。心のよりどころは神。ペストは神が与えた試練であり、いつかは過ぎ去る(何もしなくても)というような神父の説教に群がる民衆。アマビエ的な?この本を読むと、「きっと大丈夫!!」「免疫を上げるために笑えばいい」という謎のムーブメントに対して、すごーーーく冷めた気分になること請け合い。

(3)中だるみ

来ました、自粛疲れ!!!自分で決めたルール(手洗いとか?)おざなりにするようになり、患者のもとにノーガードで走っていくなどします。このGWもウェーイしてしまう人がいるかもしれませんが、ダメ絶対。「ペストとの戦いそのもの(による疲れ)が、ペストに冒されやすくする」「彼らは僥倖(ラッキー)に賭けていたわけであり、僥倖は誰の味方でもない」とカミュ先輩も言ってますよ。

 

その後、ピークを迎えやっと終息の兆しが見えてきたのは1月末のこと。役場からの発表は割合慎重なもので、なにもなければ2週間のバッファを見てロックダウン解除します、という内容でした。それを聞いた民衆の反応は二つに分かれます。長らく続く自粛生活ですっかり縮こまってしまった勢は、本当かしら?と懐疑的で、解除されても様子を見ようと決めます。逆に、完全勝利した気になって先走って外出し始める勢。だから外出るなって言ってるだろ!ってなる。

 

ヨーロッパには感染症と戦ってきた歴史があるわけですから、こういう対応がグローバルスタンダードなんだと思います。日本はいまだ検査数や感染実態の統計についてよその国から物言いがついているし、ロックダウンもなく自粛の徹底も弱いため、約80年前の感染症対策に比べるとどうか…?となる部分も。まぁ、それ以上に興味深いのは、市民の反応ですね。ああ、いつの時代もどこの国も、みんな一緒なのね、と。

 

「ペストの記録」としてはここら辺で終わり、その後リウーとタルーの友情(と死)や肺病を病んでよその町で療養していたリウー妻の死などなどが取り上げられ、やっと「物語」のターン。客観的な記録や、神や信仰などの難しめの話の後に続く、リウーの人間臭いストーリーに、ついうっかり泣きそうになる。

ペストの記録としても、神というカミュお得意のテーマ設定という点でも、そしてペストの流行に直面した人と人のドラマという観点から見ても、これは傑作では…?と思わせる何かがある。しばらくしたら再読しようと思います。

あ、ただ、最後の締めの文章、それまでの温かい流れをぶった切ってめっちゃ怖いから覚悟して。ホラー映画か!?って。笑

 

最後に、忘れがたいロックダウンが解除された町を見たリウーの言葉を。

「自身というわずかなものに執着して、ただ自分の愛の家に帰ることだけを願っていた人々は、時々は報いられた」

医療従事者の方には感謝しかないです。どうか物資を集中させてほしい。そして、自分と身近な人の命を守ることだけに汲々としていられる私は、家の中で過ごすこととします。

 

おわり。